2016年第Ⅲ期号  ◇◇ 蝸牛の歩み、蟻の道 ― 地図の正しい読みとり方 ◇◇

一夜の冒険の思い出

その晩、わたしは意を決して布団の中に懐中電灯をもちこみました。どうしても『十五少年漂流記』(ジュール=ヴェルヌ作、原題『二年間の休暇』)のつづきが読みたかったのです。子どもたちだけを乗せて難破した船がたどりついた陸地は、無人の海岸でした。はたして近くに人は住んでいるのか、歩いて行ける範囲に町はあるのだろうか…、当面の食料は船から運んだものの、自分たちがどこにいるのかわからない不安に、読んでいる十一歳の私の胸も締めつけられていました。もう寝る時間になっても、とてもこのままページを閉じるわけにはいかない。そこで懐中電灯持参で布団の中での秘密の読書となったわけです。

少年たちは探検隊を組織します。見晴らしのきく丘の頂上をめざして登り切ったとき、彼らが見たものは何だったでしょう。眼前に広がっていたのは四方を取り巻いて輝く海原でした。なさけ容赦もない光景です。ここは大陸から遠く離れた孤島だったのです。

呆然と海を見つめる彼らとともに、布団の中のわたしも失望と恐怖を味わっていました。この心細さはあとで彼らが探検を重ねて作り上げた地図のかたちにも反映しているようです。中央に湖を抱き込み(実は海と見えたのはこの湖だったのですが)、その分やせ細った小さな動物のようにも見えるこのチェアマン島は、広大な海に囲まれた分だけ、よけいに頼りなげな存在に見えます。けれどこの心細さ、頼りなさこそ、この地図の大切な勘どころだったのではないでしょうか。こうしてきちんと描かれた地図を見ているとき、少年たちが不安を押し殺して世界に踏みだし、一足ごとに警戒し、未知のものと向き合うことに気絶せんばかりの思いでいる胸のふるえを、わたしたちはどれほど分かっているでしょうか。―ここが島だろうということを、少年たちはかつてここで孤独な死を迎えた人物がつくった地図で知ってはいたのですが、その情報は自分の目で確かめるまでは本当の知識と呼ぶにはふさわしくないものだったのです。

そう、少年たちは自分たちの地図を自分たち自身の手でつくる必要があったのです。あの晩、わたしも少年たちといっしょに手探りで歩いていました。それは地図をもたない者だけがともにできる冒険でした。

 

忍者は動きまわらない

子どものころのわたしの経験をもうひとつ。今では大人の読者も多い少年誌は、当時は子どもの独占物でした。「少年マガジン」と「少年サンデー」の二誌(だけしかありませんでした)を毎週楽しみに待つのです。巻頭の特集記事は戦艦大和や零戦など戦争中の兵器ものか、または忍者ものがほぼ隔週に交代で登場し、ほとんどそればかり。

あるとき忍者のわざの解説に、洞窟に入って暗闇に閉じこめられたらどうやって脱出するかというものがありました。洞窟に閉じこめられるという、ほとんどありえない設定に笑ってしまうところですが、読んで感心しました。まず洞窟の壁にどちらかの手をつけ、これを決して離さず、分かれ道があれば手をつけた壁が導くままにその道に進むのです。もしその道が袋小路なら、行き止まりに達したところで壁に沿ってまた戻ってこられます。たしかに最短コースは取れません。脱出までに手間取る時間は大変なものですが、確実に外に出られます。

忍者はさっさと決断し敏速に行動する。そう思っていた私にはこれは意外な発見でした。忍者はたしかに素早い身のこなしと早足をもっているのですが、それを発揮するのは身を潜めて周りの気配を嗅ぎ取り、いよいよ行動すべき時だと判断してからのことです。忍者はうかつに動いてはなりません。壁に手を当てるとき、彼は手の平で洞窟の鼓動を敏感に感じているはずです。そのとき、洞窟はほとんど未知の生き物のようです。彼の手の平は鋭い感知力をもったセンサーとしてはたらいています。

島に流れ着いた少年たちもうかつに動き回ることはしません。彼らは待ちかまえているかもしれない危険な敵や不測の事態にいつでも対応できるよう身構えています。計画は周到で行動は慎重です。根拠のない予想や希望的観測にもとづいて、安易に全体像を描くようなことはつつしまなければなりません。それはたとえて言えばジグソーパズルをやるときの心構えに似ているかもしれません。どういうことでしょうか。

 

情報と徴候

ジグソーパズルはどれも似かよった形のピースをはめていくのですが、子ども用のパズルと違い、ピースの模様や色柄を見て収まる位置を決めるというやりかたはできません。やったことのある人なら覚えがあるでしょうが、そのピースが「どこ」にあてはまるかといった全体の中での位置取りを考えてもムダです。ひたすらピースどうしのくぼみとくぼみを照らし合わせて、ぴったりはまる相手を探すしかありません。それは言ってみれば、地図を持たずに未知の探検に乗り出すようなものです。

地図なしで探検に乗り出すとき、私たちはまるで自分自身がパズルのピースになったように、自分の感覚がもつ接触の切り口(接面・接触面)を鋭敏にします。目をこらし耳を澄ませ、皮膚のセンサーを全開にし、さらには嗅覚・味覚まで動員し、全身の感覚を研ぎ澄ませて一歩一歩を進んでいきます。

そのとき外から与えられる情報はそのままでは使えません。仮にジグソーパズルの図柄の全体像を見せられて、このピースはその位置に収まるのだよと教えられても、その情報はどうにも使いこなしにくいものです。何よりそれでパズルが完成したとしても、達成感がわかないでしょう。むしろ自分でどれか好きなピースを手に取り、それが別のピースと合うかどうか試してみる、何回か試行錯誤しているうちにくぼみの接面がうまくフィットする瞬間が来る、よしうまくいった…、そういうものではないでしょうか。必要なのは情報ではなく、自分で自分のアンテナがとらえる何かを探り出していくことです。そのアンテナに感知されるものは何とはっきり言えるものではなく、まだ名づけられることのないものですから情報と呼ぶには足りません。何かを感じさせる予感やひらめきに近い徴候と呼ぶのがふさわしいでしょう。「ジョウホウ」と「チョウコウ」、何だか似た語感ですが、この区別は大事です。孤島の少年たちも洞窟の忍者も、情報ではなく徴候をとらえることによって一歩を踏み出す人たちでした。

わたしたちの経験もまた、そのようにして自分の身体のうちに組み込まれ、生きたものとなるのではないでしょうか。何かを「学ぶ」とはそういうことです。情報を取り込むことで片付くようなことではないのです。

 

蝸牛(かたつむり)の歩み、蟻(あり)の道

秋山さやかさんは地図と刺(し)繍(しゅう)の美術家(アーティスト)、未知の街をひたすら歩きます。そうして今日歩いてきた道のりの途中で見たもの、出会った人、聴いた音、感じたこと、また立ち止まって考えたことなどを、針と糸で地図の上に縫い上げていきます。キャンヴァスの役を果たす地図は、ふつうの道路地図のときもあれば観光地図や、ときにはごわごわの材質の布であったりします。左の写真ではその美しさはちょっと再現できませんが、糸やボタンやときにはビーズも組み合わせて描かれたその道すじの繊細さは味わい深いものです。秋山さんがどんなに注意深く、街の「徴候」を読み取る歩き方をしているかが伝わってきます。

私たちもそのように歩くことができるし、また歩くという行為に限らずあらゆるものごととの出会いを経験することができるはずです。カタツムリ(蝸牛)は柔らかい触覚を左右に振って進む道を決めます。粘液の乾いたあとは、カタツムリがこの世界を舐(な)めるように味わった証拠です。小さなアリ(蟻)は長々と列を作ります。それはテロップの字幕のように連綿とした流れをつくります。まるで文字のように。蝸牛も蟻も「情報」ではなく「徴候」として世界を感じているのです。

秋山さんの作品を見ると、そこに字が書かれているわけでもないのに、私は文字を、そして無言のことばを感じます。世界をじっくりしっかりと、自分のアンテナで感知しましょうよ、と呼び掛けられている心もちになるのです。

 

(紙面の都合上、写真は掲載できません)