2014年第Ⅳ期号 ▲▽ 卒業生の近況報告に想う ▽▲

“True happiness… is not attained through self-gratification, but through fidelity to a worthy purpose.” Helen Keller

九月に、卒業生から連続して出版物が届けられました。

一つはホームページでも既にご紹介しましたが、2005年に卒業した守屋尭君からイギリスの科学雑誌NATURE』が航空便で送られて来ました。守屋君は一橋中学、日比谷高校を経て東京大学に進学し、天文学を専攻、現在ドイツのボン大学で研究を続けています。その守屋君の一連の共著論文が、『NATURE』及びアメリカの科学雑誌『SCIENCE』に掲載されたという知らせでした。

『NATURE』と言えば、STAP細胞ですっかり有名になってしまいましたが、そこに論文が掲載されるということは、世界的に業績が認められたということです。しかも、今回は『SCIENCE』誌にも掲載されたということですから相当なものです。

内容は、超新星爆発に関わるものだということはわかりましたが、それ以上は専門的過ぎてとてもご紹介し切れません。今度本人が帰国した際にでも概要を聞いておきます。

もう一冊は、随分前に開成高校から京都大学の医学部に進学し、精神科医になっている青木崇君が著書を出したということで、これはわざわざ直接持ってきてくれました。

青木君は精神科医になって20年近い経験を積んで、その治療の現場から、精神医療の実態をわかりやすく紹介する内容を本に著しています。『意外と知らない精神科入院の正しい知識と治療共同体という試み』という副題で『こころの病気を治すために「本当」に大切なこと』という題名です。

卒業生と言えば、先日お話しした一橋大学を出てお笑い芸人になった中田君に街中で偶然出会いました。立ち話だけでしたが、「一度ご挨拶に伺おうと思っていましたが、なかなか機会がなくて…」と相変わらずの生まじめな様子でした。

三人三様の生き方ですが、皆自分で選んだ道です。悔いのない人生を歩んでくれることを祈るばかりです。

木曾の御嶽山の噴火で多数の方がお亡くなりになりましたが、改めて運命ということを感じます。火山弾の雨の中を奇跡的に生還した人もいれば、運悪く直撃されて命を落とした人もいます。「山にさえ行かなければよかったのに」という考えを持った人もいたようですが、それは亡くなった方に失礼な考えだと思います。そして、その考え方は、お笑い芸人の道を選んだ中田君の生き方も否定することになります。

私は中田君の勇気を羨ましく思います。もしかしたら彼も噴石に直撃されてしまうかも知れませんが、その可能性は大企業に就職したからと言って、ゼロにはなりません。確率的に安全な道を選ぶのが合理的な思考方法ではありますが、我々が合理性を選択する根拠は思考の習慣、社会の慣習に過ぎません。中田君ほど賢い青年が、人生の岐路で常識的な慣習に従わない選択をしたことに、私は大いに関心があります。

守屋君にしても、天文学の、しかも超新星の爆発などという、「それを研究してどうなるの?」といった研究ですから、この後業績を積んで大学教授になれたとしても、実利のない分野ですからろくに研究費用ももらえず、錆びた天体望遠鏡を眺めて一生を終えることになるかも知れないのです。

「職業に貴賤なし」とは言いますが、我々の心の中には明らかに差別意識が宿っています。大学教授になれたら立派だと思うのに、お笑い芸人で一生を終るのはみじめだという判断を多くの人が持つかも知れません。しかしそれは一つの価値基準による判断に過ぎません。

私は、学ぶことの意義は、一つの価値基準に縛られない幅広いものの見方・考え方を養うことだと思っています。一つの時代、一つの社会の中で生まれ育ってくれば、誰しもその時代、その社会の価値基準に知らぬ間に拘束されてしまうのはやむを得ないことでしょう。しかし、縛られていることを自覚して、もっと広い視野でものを見ることを目指すのは、知性ある生物の義務であり宿命ですらあると思うのです。

そして、守屋君は、たとえ錆びた望遠鏡で一生星を眺めて暮らすことになっても、新しい天文学理論の構築と天文学の歴史を書き換える新発見を求めて意欲的に過ごすことができると確信しています。そして、中田君も、前途多難な道ではありますが、自分の人生を自分の力で切り拓いていけると私は信じています。青木君に至ってはご本人自身が相当病的(失礼!)だったにもかかわらず、既に立派な社会的地位を築いています。彼らに共通していたのは、自分から学ぶ姿勢だったからです。動機付けは受験勉強だったかも知れませんが、彼らは自身の課題を見つけ、その解決に役立てるために塾を活用してくれました。中学・高校で身に付けるべきことは、この学ぶ姿勢です。根気良く問題解決に向かう姿勢です。

まずは地道に目の前の課題に取り組むことから始めてみましょう。

「真の幸福とは、自分の欲求を満たすことではなく、価値ある目的に忠実であることを通じてこそ得られる」
ヘレン・ケラー