2014年第Ⅲ期号  ◇◇ 世界の広さの感じかた ◇◇

テレビはあまり見ない方ですが、たまに風刺の効いたピリリとしびれる番組に出会うとうれしくなります。

ウッチャンこと内村光(てる)良(よし)が座長をつとめる、「LIFE(ライフ)」というバラエティコント番組があります。ショートコントの連続シャワーを楽しませてくれる… のですが、笑いにくるんでしたたかな批評精神も発揮してくれます。たとえば「宇宙人総理」というコーナー。ウッチャンが扮するのは、国会の委員会で野党の質問攻勢にさらされる内閣総理大臣らしき人物です。でも写真を見てください。この人物、明らかに変です。空色の顔にとんがった耳、盛り上がった頭髪、そして答弁に詰まると突如発する異様なビーム。野党議員は迫ります、「あなたは本当に地球人ですか!?」

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以前、常識を覆す発言で「宇宙人」とあだ名された首相がたしかにいました。このコントはそのパロディなのですが、ここに込められた社会風刺はただものではありません。

 「地球人」とはわたしたちの仲間、同じ考え方や価値観を共有する者、ということでしょう。野党議員は「もしあなたが(地球人ではなく)宇宙人ならこの場にいる資格はない! 即刻辞職して自分の星にお帰りなさい」と責めているのです。

 この「宇宙人総理」はたしかに独特の風貌といささか奇妙な言動の人です。でもむかしも今も、人はみな少しずつ他人と異なる「独自のもの」であったのではないでしょうか。

「ひとりひとりを大切に」とか「個性を尊重する」として、他国の人を受け入れ、幅広く異文化を許容する国をつくろう、ということはずいぶん言われてきました。もちろん大事なことなのでしょう。

でも、ふと気になるのです。そういう「ひとりひとりを」とか「個性を」といったことばが陳腐で空疎な唱え文句になってしまう瞬間が現実にあるのではないか、あるとしたらそれはどこから始まるのか。こんな「宇宙人」っぽい人に出会ったら、私たちは当たり前のようにそのことをしてしまうのではないか。このコントには、そんな問いかけが隠されていたのではないか、と思うのです。

皆さんはどうですか、この総理大臣を追放しましょうか。そうして「自分の星」に帰ってもらいましょうか。だってどう見ても変な人じゃないですか。

そうしてあるときいつの間にか、「あなたは地球人ではない」から「あなたは私たちの仲間ではない」に跳びうつるのです。

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さてちょっと話は変わって…。私は国語と社会科を担当しています。そこでちょっと社会科の話題におつきあいいただきましょう。

みなさんはTPP(環太平洋パートナーシップ協定[Trans-Pacific Partnership]、正式にはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementというのだそうで、これだと日本語は「環太平洋戦略的経済連携協定」という名称になります)の発足に向けた交渉が続けられているのをご存じでしょう。日本はこの交渉に昨年夏から参加し、もう一年が経ちますが、アメリカとの話し合いが長引いていてまだ協定のスタートにはほど遠い状態です。外務省のホームページには「アジア太平洋地域において高い自由化を目標とし、非関税分野や新しい貿易課題を含む包括的な協定」と説明されていて、下の図(外務省のページから引用)でも分かるように、全部で12ヵ国が結集しようとしています。

農作物・魚介類から加工食品・工業製品の輸出入はもちろんのこと、自国の産業を守るために実施されてきた金融サービス・投資・通信など多分野にわたるこれまでの規制をはずし、完全な自由化を実現しようというのです。

この交渉が成立すればどうなるか。いいこともあるでしょうが心配なこともあります。懸念の一つは、太平洋を取り巻く国々で各国間の分業体制が固定されてしまうのではないかということです。工業の強い先進国は工業に特化した国になり、農業に強い途上国は農産物の輸出にすべてをかける国になるかもしれません。現に日本では、自動車をはじめとする機械工業分野は圧倒的な有利が予想されますから、産業界は諸(もろ)手(て)をあげて賛成、「早く交渉を進めてTPPを発足させてほしい」と政府に働きかけています。他方、米作り農家は今は800㌫近い高い関税に守られていますが、これが外されたらとても経営が成り立たない。「TPPが実現したら割安な他国のコメに負けてしまう、日本のコメ作りは崩壊してしまう」と不安を隠しません。酪農や乳製品加工の業界、漁業や水産加工の業界も、他国との競争にさらされたら負けてしまう…、と不安ですし、アメリカの金融サービスがなだれこめば銀行・保険・証券などの金融業界も安閑としていられません。

TPP推進に賛成の意見のなかには「日本はこれだけ工業や情報産業で世界をリードしているのだから、そちらで大いに稼いで足りないものは外国から買えばいい。農業は小規模でいい、食糧自給率も低くていい。そもそも国際競争力の弱い農業は企業で言えば《不採算部門》なのだから切り捨てるのが正解だ」と言い切る向きさえあります

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いま、ひそかに論じられていることがあります。TPPのような一国を越えた広範囲の経済連携を積極的に推進しようとする意見の人は、他国をしのぐ自国の経済の強さと、比類無き高水準の文化と、模範的な歴史を信じている、だから強気で旗振りができるというのです。この観察に私も賛成です。世界と同じ水準のフェアな経済を実現しつつ、しかも自国が他に対して優位を維持する、これほど人を満足させいい気持ちにさせてくれる状況はそうないでしょう。世界と連携すること(これをグローバリズムと呼びましょう)と、世界の中で自国がナンバーワンであること(これをナショナリズムと呼びましょう)、この二つがひとつに合わさるという、なかなか奇妙な現実が進行中なのです。

グローバリズムが進めば進むほど、その輝かしい表看板のウラでひそかに、かつ着実に進行しているいやな現実。入り口に「外国人お断り」の張り紙をする飲食業の店があって、サッカー場に「ジャパニーズオンリー」の横断幕を掲げる我が物顔の人がいて、「相撲は日本の国技だ、外国人力士はもううんざりだ」と言い放つ人がいます。以前、私も言われたことがあります。「あなたは日本人ではないでしょう」と。私は自分のことを日本人だと思っていましたから、ちょっとびっくりしてその人に何も答えませんでしたが、以来こう思っています、「よし、僕は自分が日本人だと言うことをだれにも言わない秘密にしておこう」。そういうわけで私は日本人が大勢参加したあの「絆(きずな)ごっこ」に加わりませんでした。そのかわり、私も仲間に入れてもらいたい、ちょっと違った「絆」の世界があります。

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もう一度考えてみましょう。実際に農業が衰退したら日本はどうなるのでしょう。初夏をいろどる緑の水田、秋を深める黄金の稲穂は消えてなくなり、写真のような里山も消滅。農業を支えてきた地方の農村は疲弊し尽くし、過疎化のために自治体が成立しなくなるという危機が現実のものになるでしょう。TPPを強力に推進しようとする論者にはこのことはどう見えているのでしょう。緑豊かな農村の風景は、間違いなく日本の宝物です。

だれがこれをつくりだし、大切に守ってきたのでしょう。それぞれの場所で、地域で、暮らしてきた人々に違いありません。ナショナリズムとは何の関係もないところで、それこそ世界の隅々で大切なものを育んできた人たち。日本で、韓国で、北朝鮮で、中国で、ロシアで、ドイツで、フランスで、イランで、アフガニスタンで。私はそうした人々の絆の中に入れてもらいたいのです。

グローバリズムとナショナリズムが押し寄せる中で、身近なところから出発して波紋のように拡散して「世界の広さ」にいたる途(みち)がここにあると思うのです。

これを「コスモポリタニズム(世界市民主義)」と名づけましょう。グローバリズムとは似て非なる魅力的な言葉ではないでしょうか。

 

(紙面の都合上、写真は掲載できません)