2009年第Ⅱ期号 ▲▽ 館 山 塾 の 歴 史 ▽▲

2009年 第Ⅱ期号

 

▲▽ 館 山 塾 の 歴 史 ▽▲

胡子俊英

 

館山塾は昭和五十一年(一九七六年)に、前理事長桑野正夫氏と初代塾長館山光一氏によって当初「館山数英塾」という名称で設立されました。館山塾の名称は、館山さんの名前から取ったものです。この館山さん、志村けんに少し似ていて、ある時、道を歩いていたら、小学生に「あーっ!志村けんだ!」と騒がれて、「違うよ」と否定したら、「気取ってやがらあ」とか言われたとかいうこともある面白い人でした。現在は静岡の県立大学に勤務されています。

設立当初の生徒の中に加藤徹氏(現在明治大学教授)がいたと聞いています。加藤さんは館山塾で学んで開成高校へ進み、東大の学生時代には館山塾で教壇に立ったこともありました。先日までNHKテレビの「カンゴロンゴ」という番組で、専門の中国の故事成語を紹介していました。

私は大学二年の時に芝居仲間で館山の非常勤をしていた友人に頼まれて、塾の案内書用の写真を撮りに来たのがきっかけで(大学では写真部でしたから)、昭和五十四年から非常勤講師として勤めるようになりました。

当時は東大の学生や大学院生が中心のスタッフで、今では各界で活躍されている人が大勢います。

指回し体操を考案し、『記憶力がいままでの十倍よくなる法』等の著書や、速読システム開発者として知られる栗田昌裕氏も、医学部生の頃、館山で教壇に立っていました。東大の数学科の大学院を出た後、医学部に入り直した頃のことで、ある時、休憩時間に解剖学の分厚い本を読んでいたので、こんなに騒がしい所で頭に入るのですか、と尋ねたら、「一度読めば頭に入ります」と答えられていたのが印象に残っています。

その頃の生徒に、現在、大塚駅前の山下診療所で開業している山下巌氏がいました。彼は麻布高校でトップの成績で東大の理科Ⅲ類に現役で合格したのですが、私が今まで教えた生徒の中で一番頭のいい生徒と言えば、彼のことを先ず思い出します。当時、高三の国語を担当していましたが、まだ私も二十四、五歳の頃で、年齢も大して変わらない、しかも明らかに自分より頭のいい生徒に何か実のあることを教えようと必死でした。生徒によって教える方も成長させてもらえるという経験は、その後もいろいろな生徒との出会いで積み重ねてきましたが、彼の力は最強でした。

『世界一わかりやすい株の本』『数学嫌いでも数学的思考力が飛躍的に身に付く本』でおなじみの細野真宏氏も、二、三年、非常勤として館山の教壇に立ったことがあります。生徒を引き付けるカリスマ性で言えばこの人が最高で、学力別にクラス編成する必要はないと言って、受講を希望する生徒は誰でも受け容れていました。カリスマ性のある人にはよくあることですが、熱狂的な信者がいる一方で、ちょっとこの先生は遠慮したい、という生徒がいたのも事実です。しかし、学力差のある二十人以上の生徒を同時に満足させる授業ができる指導力は、簡単に真似のできるものではありませんでした。

この他にも、先ごろ当選した森田健作千葉県知事のマニフェスト作成を協力したという川上和久氏(明治学院大学副学長)も、学生・院生時代に館山の非常勤として数々の武勇伝を残した人です。また、『論理トレーニング』『論理学!入門』等の著書がある野矢茂樹氏(東京大学教授)や演劇論の内野儀氏(同)も非常勤として名前を連ねていました。面白いエピソードや秘密もあるのですが、いくら三十年近く前のこととは言え、個人情報保護法に抵触しては困りますので、この辺にしておきます。