2008年第Ⅱ期号 ▲▽ 東大合格への道 ──塾講師の子育て論── 第一回 ▽▲

2008年 第Ⅱ期号

▲▽ 東大合格への道 ──塾講師の子育て論── 第一回 ▽▲

胡子俊英

これまで多くの塾生を送り出してきましたが、今年初めて親としての立場で受験を経験し、無事に息子を東京大学に合格させることができました。館山塾には高校三年間通い、夏までサッカー部を続けながらも合格できたのはなぜか。同じ学芸大附属高校のサッカー部で東大を受験した他の数名は全滅しただけに、紙一重の勝負だったことは疑いありません。運が良かったと言えばそれまでですが、塾で長年教えていて気付いたことを織り交ぜながら、何か皆様のご参考になればと思い、書いてみることにしました。

どんな生徒が伸びるのか

塾で長年教えていて、いろいろなタイプの生徒を見てきて、どんな生徒が受験をスムーズに乗り越えられるかは十分わかっていました。受験に必要な力とは、

素直さ、冷静さ、忍耐力、集中力、体力、記憶力、創造力…
と、いろいろ挙げることができますが、その中でも何が一番大切なのでしょうか。塾側の対応として、成功例・失敗例は数多く経験してきましたから、それについても毎年反省を重ねています。ところが、同じように塾が対応していても、ぐんぐん成績を伸ばしていく生徒もいれば、なかなか伸びない生徒がいるのは事実です。では、その違いは一体どこにあるのでしょうか。

何でも吸収する素直さ

自分の子供が生まれた時、中学生までに伸びる生徒に育てていくにはどうすればいいか、これは、考えるまでもなく、すぐに実践に移していました。

息子が生まれた産院は小さなところでしたから、貸し切り状態で、生後三十分の時、医師が産婦の後処理をしている時、生まれたばかりの息子が一人で処置室の外のベッドに寝かされていました。看護婦さんに促されて、初めて対面しました。そうだ、インプリンティングだ。生まれたばかりのアヒルの子が初めて見たものを親だと刷り込まれるという話を思い出しました。人間だって、最初の言葉はしっかりと脳の奥深くに刷り込まれるに違いありません。一対一でいられる時間はたっぷりありました。その場で、生まれたばかりの息子の脳に何を刷り込むか考えました。その一つが、「お父さんの言うことをよく聞くこと」でした。これが効きました。その後、息子は、母親の言うことは聞き流すことはあっても、私の言うことだけはなぜか素直に聞くのです。こんなに効くとは思いませんでした。いくら息子とは言え、他人格にこれほど容易に影響力を持っていいものだろうかと、これではマインド・コントロールではないかと、我ながら怖くなったぐらいです。ですから、息子にはできるだけ何かをしろとは言わなくなっていきました。すると、滅多に何も言わないから、たまに何か言うとまたそれがすごくよく言うことを聞いてくれるというように、ますます効果が助長されていったのです。

学びの基本は素直さです。言われたことをまずはきちんと身に付けてみることです。不要かどうかは後で決めればいいことです。食わず嫌いは成長を阻害します。まずは何でも吸収する素直さ、これが養うべき第一の力です。

言語能力の基盤 漢字力

しかし、いくら素直でも、言われたことがすぐに抜けてしまっては、どうにもなりません。次に重要なのは、記憶力です。

息子は電車好きでした。これも、赤ん坊の頃から電車に乗ってどこかへ出かけることが、親にとっても楽しい気分でしたから、赤ん坊ながら電車でのお出かけイコール楽しいことという経験が積み重なっていったものと想像されます。そのうち路線図に興味を持ち始めたので、カレンダーの裏などを使って、路線図を私が手書きしてすごろくを作って遊ぶようになりました。駅名は全部漢字で書いていましたが、息子はそれを次から次へと覚え、幼稚園の年長までには、私より遙かに詳しくなっていました。ある時、息子と多摩動物園に行った時のことです。乗っていた特急におばあさんが入って来て、「これは千歳烏山に止まりますか」と尋ねられました。一瞬私は「あれっ、止まったかな、どっちだっけ??」と思って息子の顔を見ると、息子は必死に首を横に振っています。そこで私は迷わず、「止まりません」と答えました。おばあさんは、まさか情報源が幼稚園児とも知らずに降りていきました。息子の記憶力は確かでした。

子供は興味さえ持てば、ほとんど無限に覚えます。最初は家の最寄り駅からおばあちゃんの家へ行く過程の駅を覚え、そのうちそれでは飽き足りずに、首都圏の全路線図を頭に入れてしまいました。しかも全部漢字で読めるようになっていたので、テレビを見ていても、「あっ、荻窪の荻だ」といった調子で、漢字そのものにも興味を持ち始めました。

こうなる前提として、もう一点、文字への関心を養っておくことも必要でした。赤ん坊の頃から絵本の読み聞かせはもちろんしていましたが、私の場合は、休日に寝転がって本を読んでいると、一歳位の頃はよく邪魔をしに来ましたから、しょうがないので、膝にのせて一緒に読むようにしていました。古墳の本を読んでいた時には、図表があったので、息子はそれに興味を示し、「これは?」「これは?」としつこく聞いてきます。そこで、私も根気よく「前方後円墳」「方墳」といった説明を読んで聞かせます。息子は面白がって、何度も聞いてきます。「双脚輪状紋」「直弧紋」といった装飾古墳の図柄まで教えました。今度は、こちらが「これは?」と聞くと、「ゼンポウコウエンフン」「ソウキャクリンジョウモン」と次々に答えるのです。これは面白いと思って、次から次へと覚えさせていきました。私がちょうど免許の書き換えでもらってきた交通教則本を見ていたら、また膝に乗ってきて、「これは?」「これは?」を始めたので、またまたいろいろ教えていたら、ある日、ベビー・カーで散歩の途中、突然道路標識を指さして、「あっ!ジテンチャオヨビホコウチャチェンヨウ(自転車及び歩行者専用)!」「オウダンキンチ(横断禁止)!」と叫び出したのです。また、茨城の虎塚古墳の装飾壁画が一般公開されているというので、ちょうど一歳になったぐらいの時に見に行ったら、入り口のポスターを見て、息子が「あっ、ゼンポウコウエンフン!」と叫んだものですから、職員の人がまるでオバケでも見たかのような顔をして驚いていたのがおかしかったです。

こうして小学校入学前に、大半の漢字は読めるようになっていましたから、漢字検定二級は中二で難なく合格することができました。英検は準二級止まりだったのですから、漢字力はこの遊びながら覚えた基礎力が大きな基盤になったことは間違いありません。

私が漢字を覚えさせることに力を入れたのは、以前から、論述力や読解力が、漢字力とほぼ比例関係にあることに気付いていたからです。もちろん、漢字力は、論述力や読解力の必要条件に過ぎませんから、漢字力だけ付けても仕方がありません。しかし、漢字力なしでは、日本語の読解力・論述力は養いようがないのも確かです。これは、自分自身の経験からも漠然と思っていたことですが、以前、開成から東大へ入った生徒で、語彙力が非常に優れた生徒がいたので、保護者面談の際にお母様にお尋ねしたところ、「小さい頃から漢字が好きでしたね」という言葉も参考になっていました。形・音・意味と三拍子揃った漢字の奥深さが、脳の発達によい影響を及ぼさないはずがありません。幼い頃から脳を鍛えるとしたら、漢字ほど好適な材料はないのではないでしょうか。

今からでも遅くありません。漢字の勉強にはもっともっと力を入れましょう。

 

次回は忍耐力のお話をします。