2008年第Ⅳ期号 ▲▽ 東大合格への道 ──塾講師の子育て論── 第三回 ▽▲

2008年 第Ⅳ期号

 

 ▲▽ 東大合格への道 ──塾講師の子育て論── 第三回 ▽▲

胡子俊英

記憶力の重要性

私も記憶力には自信があったのですが、年齢には勝てません。DSの脳トレでも、とうとう脳年齢24才までしかいきません。一番のネックは記憶系の問題です。ランダムに並んだ漢字25文字を3分間で覚えるぐらい、以前だったら簡単に全部できたであろうに、これがなかなか苦戦してしまいます。

記憶力が学力の大きな部分を占めるということに異論はないと思います。知識の定着には記憶力が不可欠です。それだけでなく、他のあらゆる能力にも記憶力は影響を及ぼします。

例えば、読解力にも大きく影響します。文章の前半で書いてあったことを覚えているからこそ、後半とのつながりが読み取れるのであって、読んだ瞬間は理解していても、片端から忘れていってしまっては、文章全体の構造を理解することは到底できません。

演劇の薦め

では、ものを覚える能力はどうやって鍛えていけばいいでしょうか。特に中高生の間なら、まだまだいくらでも伸ばすことはできます。ここでお薦めなのが「演劇」です。

最近の小学校の学芸会のように、全員にほぼ均等に台詞を言わせる劇ではなく、一人で2ページぐらい続く長台詞があるような役を演じられれば一番です。

演劇のいいところは、単に台詞を覚えるだけでなく、舞台の進行全体を把握して覚えておく必要があるので、言うならば立体的な記憶力が必要だという点です。これは、脳全体を活性化させること疑いありません。ですから、役者だけでなく、照明や音響の係でも、舞台の進行全体を把握するという意味では、記憶力の鍛錬に十分なります。

本番の舞台で間違ってしまっては、全体に迷惑がかかってしまいますから、そのプレッシャーたるや相当なものになります。試験の前日に一夜漬けする場合など、失敗して迷惑するのは自分だけと思えば、努力も好い加減になります。ところが、これがクラス全体に迷惑がかかり、学校中の笑い物になってしまうと思えば、覚える努力の必死さの度合いが違ってきます。

プレッシャーの活用

高校生を教えていて毎年思うのですが、それまでどんなに英単語の記憶に苦労していた生徒も、3年生になるとさすがに皆覚えられるようになります。やはり受験が差し迫ってきてお尻に火が着くため、真剣さの度合いが違ってくるからでしょうか。こちらはそれを知っているので、1、2年生の間にできるだけお尻を叩いて覚えさせようとするのですが、3年生ほどの効果はなかなか上がりません。

記憶を定着させようと思うなら、覚えないと大変なことになるというような状況に、自分自身を追い込むことです。その一つの手段として演劇に参加して重要な役割を担うことがお薦めということです。

ストレス耐性も

但し、相当なストレスがかかるのは間違いありませんから、その覚悟は必要です。息子は幼稚園の時、大きな役を演じたことがあります。息子の通っていた幼稚園は、たまたま家の一番近くにあったキリスト教系の幼稚園だったのですが、息子の学年で閉園が決まり、最後のクリスマス・ページェントでかなり大がかりなお芝居が行われることになりました。1歳で前方後円墳が言えた息子ですから、5歳児にしては相当な語彙力を持っていたこともあり、男女一人ずつ選ばれる主役級の役を仰せつかりました。

これがものすごく大変な劇で、その後演じた小学校6年生の時の劇よりも遙かに複雑な構成で、台詞の量も膨大なものでした。息子は黙々と練習していたようですが、それでも、本番直前の頃は、顔にチック症状が出ていて、そのストレスが相等大きかったことを窺わせました。

無事演じ切った後は、チックも治まり、その後は小学校の舞台で緊張するようなこともなかったようです。そのせいか、中学3年の秋の文化祭には、部員でもないのに、英語部の英語劇にまでしゃしゃり出たりして、受験勉強は大丈夫かとこちらをハラハラさせたりもしました。

ストレスに対する耐性も、幼いうちに鍛えておくと、後々強い忍耐力となるようです。

中学生、高校生のうちに、是非演劇に参加しましょう。そして、できれば、主役に立候補しましょう。

付録 シンクロニシティー2話

何年か前のセンター試験の現代文の問題を読んでいた時のことです。最初の二、三行を読み始めた瞬間、別役実の文章だということに気付きました。高校から大学にかけて、別役実の戯曲を演じたことがあるので、この人の本は当時幾つか読んでいました。別役実評論集『言葉への戦術』もその一つで、このセンター試験の出題もこの本からに違いありません。早速、家の本棚の奥から探し出してきました。しかし、二十年振り以上で手に取った本を前に、出題の箇所がどの辺りなのか全く見当も付きません。ふと見るとしおりがはさまっています。恐らく当時の私が注目していた箇所だったのでしょう。何気なくそのページを開いて読み進めていると、思わず背中に鳥肌が立ちました。

そうなのです。センター試験で出題されていたのは、二十年以上経って久し振りに開いた、まさにそのしおりがはさまれていたページだったのです。

別役実の戯曲で私が演じたのは、高校3年の文化祭で『スパイものがたり』のスパイ役を、大学1年の文化祭では『不思議の国のアリス』の探偵役です。『スパイものがたり』に至ってはミュージカルですから、ソロでも何曲か歌まで歌いました。

私の勤務先のT塾の国語科に、Y.M.という講師がいるのですが、彼も大学時代の文化祭で、別役実の作品を演じたというのです。奇遇だなと思って聞いてみると、何と『スパイものがたり』だと言うではありませんか。役を尋ねると、何とスパイ役だというのです。翌年は『不思議の国のアリス』をやったというから、またまた驚いていたら、これまた何と私と同じ探偵役をやったと言うのです。

戯曲なんて何万とある中で同じ戯曲のそのまた同じ役を、同じ職場の二人の人間が演じるというのは、それこそ、降ってきた隕石が頭を直撃するくらいの確率かも知れません。