2010年第Ⅳ期号 ▲▽ 「負の感情」も「負」から「正」へ ▽▲

2010年 第Ⅳ期号

 

 ▲▽ 「負の感情」も「負」から「正」へ ▽▲

胡子俊英

 人の気に障ることをして怒らせてばかりいる人、怒りを他人にぶつけることばかりする人、こうしたことは、「短気は損気」と言って、古来エネルギーの無駄と言われて避けられてきたことですが、近年、こうした性癖を持った人が増えているようです。キレ易い人が増えているという話もよく聞きます。なぜこうした無駄を敢えてするのでしょうか。

ADD(注意欠陥障害)の研究者が指摘しているのは、こうした「怒り」が、前前頭皮質の働きが活発でないADDの患者にとって、実は脳を活性化させるために有効な契機となり得るということです。そのために、ADD患者は、無意識のうちに自分の脳の働きを活性化させて気分をすっきりさせたいがために、繰り返し怒りのエネルギーを利用する傾向があり、結果的に周囲をいらつかせることが多くなるというのです。(『わかっているのにできない脳1』ダニエル・G・エイメン著)

考えてみれば、私たちもたまには怒りを爆発させることで、ストレスを発散させている傾向はあるかも知れません。これは従来の分析心理学の理論でも、意識と無意識のバランスを取るために、意識の態度があまりに怒りを無意識内に抑圧し過ぎると、ある日限界を越えて爆発するという説明もありましたが、怒りと共に分泌されるアドレナリンが、脳内の活性化を促すというこの説はなかなか示唆的です。

世の中には、可哀想なほど悲観的な人もいます。プロゴルファーが池越えのホールでも池は見ずにグリーンだけ意識するのに対して、素人は池ばかりを気にして結果的に池に落とすことが多いように、マイナスのイメージが行動に及ぼす悪影響については周知の事実となっているにも拘わらず、悲観的なイメージから逃れられない人がいます。

成功すると思っていて失敗すると、その落差によるダメージが大き過ぎるから、できる限り悲観的に考えようとするのだ、と自己分析する人もいます。

しかしこれなども、最悪の事態をとことん考えていくことで、極度の緊張状態に陥って、結果的に脳内ホルモンが分泌することで、脳を活性化させたり快感を覚えたりするということがあるのかも知れません。そうでもなければ、あれだけ気分を憂鬱にすることを繰り返し習慣的に行えるはずがありません。

マラソンとか登山といった、それ自体苦しいことが、なぜ人を惹きつけるのかも、同様に脳の仕組みから理解できます。身体を酷使することで初めて分泌される脳内物質のおかげで、人は快感を得る仕組みができているのです。

それならということで、脳内物質を制御しようという方向に現代医学は進んでいくのでしょうが、高齢化が進む日本社会において、ただでさえ医療費が拡大しているのに、これ以上医療にお金をかけるのは得策とは言えません。解決のヒントは先のADDの研究者の説の中に既に示されています。

人が普通は嫌がる「怒り」や「緊張」や「ストレス」でさえ、実は捉え方によっては自分を鼓舞する契機にできるということです。但し、怒りに身を任せてしまっては制御が利かなくなりますから、ほどほどにして、エネルギーが湧いてきたら、本来の仕事に戻ればいいのです。『怒り』『緊張』は起爆剤としてだけ利用して、そのエネルギーを有効利用する。一見難しそうなことですが、実を言いますと、我々の仕事というのがまさにこの連続だったのではないか、とはたと思い当たった次第なのです。

先日、生徒のお父さんと面談をしたのですが、実はそのお父さんも昔の教え子の一人だったのです。後で漏れ聞いたところでは、「胡子先生はどうして年を取らないんだろう。何か術でも使っているのだろうか」と仰っていたそうです。「術」というのは実は、この「怒りエネルギーからアドレナリンを抽出する術」だったのかも知れません。